Always Railways (13)ダルマ駅を訪ねて(前篇)

花咲駅
写真1 花咲駅

2016年3月、根室本線の花咲駅が廃止されました。大正10年に開業した歴史のある駅です。またひとつダルマ駅が消えました(写真1)。写真の絵は落書きのように見えるかも知れませんが、決してそうではありません。駅近くの小学生たちで描かれたものと聞いています。この写真は筆者が写したもので2008年のものです。廃駅になった時の外観は写真とは異なるようです。本州最東端の東根室駅の一つ手前がこの花咲駅でした。有人駅で最東端の根室駅は東根室の次です(写真2)。 そして、花咲駅は「ダルマ駅」としては日本最東端の駅でした。

根室駅の案内板
写真2 根室駅の案内板
尾幌駅
写真3 尾幌駅

2008年7月のある日、釧路を8:15発の単行のキハ54に乗り根室を目指しました。かきめしの駅弁で有名な厚岸のふたつ手前の尾幌駅が根室本線の最初のダルマ駅です(写真3)。 この駅では花壇の手入れをされている方がみえました。駅舎に描かれた絵からもこの駅が住民の方たちから慕われ、そして大切にされていることがよく分かります。

別当賀駅
写真4 別当賀駅

さらに1時間30分ばかり走り続けると2つ目のダルマ駅である別当賀駅です(写真4)。 このあたり車窓の右側からは美しい海岸段丘(写真5)が眺められます。民家も見当たらない原野に延びた2本のレールを列車はひた走ります。このあたりはエゾシカの線路への侵入も多く、ここを走る列車には通称シカブエと言われるホイッスルが備えられています。また人家の少ない地域を走るため単行の場合はエンジンを2基備えたキハ54が走るとも言われています。

海岸段丘
写真5 海岸段丘

ほどなくして見えてくるダルマ駅が西和田駅です(写真6)。 その次の駅が最初に紹介しました花咲駅でした。根室で整備・点検された後、同じ列車が快速「はなさき」になって釧路に向かいます。筆者も小休止の後、この列車に乗り込みました。快速「はなさき」はこれらのダルマ駅を軽快に通過していきました。
西和田駅
写真6 西和田駅

 

「ダルマ駅」という名称を鉄道関係の事典に見つけることはできませんでした。鉄道貨物がコンテナとなり、余剰になった車掌車や有蓋の貨車を駅舎としたものです。車輪を外して固定され、動くことができなくなったところから「ダルマ駅」という名称を付けられたと理解しています。駅紹介の書籍などでは「貨車リサイクル駅」、「簡易駅舎」、「貨車駅」なとど記述されています。「だるま駅」を広く紹介されたのは笹田昌弘氏で、著書「ダルマ駅へ行こう!」(小学館文庫 2007年)で第10回旅のノンフィクション大賞を受賞されています。全ダルマ駅を訪ねられた旅日記であるとともに、これらの駅に関する詳細な記録でもあります。ちなみに同書のカバー写真には花咲駅が写っています。

ダルマ駅は全国で約50駅あるといわれています。北海道はダルマ駅の聖地で、約40駅が現存しています。笹田氏は著書の中で待合室も含め61駅を紹介されていますが、その中のいくつかは氏の探訪時にすでに建て替えられていました。筆者の調べでも関東以南のほとんどのダルマ駅は建て替えなどで消えています。

宗谷本線はダルマ駅が9駅も集中している路線です。稚内からキハで戻るときに見せていただいたダルマ駅を紹介したいと思います。

稚内を訪れたのはある年の2月でした。稚内駅のホームには日本最北端の駅の表示があります(写真7)。 駅からしばらく歩きますと北防波堤ドームに出ます(写真8)。 大型の防波堤で土木学会選奨遺産、北海道遺産に指定されているそうです。かつて北海道と樺太を結んだ稚泊連絡船のために施設ですか、近くで見ますとその大きさに圧倒されます。

稚内駅の表示 稚内の北防波堤ドーム
写真7 稚内駅の表示     写真8 稚内の北防波堤ドーム

利尻富士
写真9 利尻富士

稚内から乗車して間もなく、天候が良ければ車窓から海越しに利尻富士が見られます(写真9)。 まもなく最北のダルマ駅である勇知駅に着きます(写真10)。 ここから音威子府駅まで断続的にダルマ駅が続きます。下沼(写真11)、上幌延(写真12)、安牛(写真13)、問寒別(写真14)、歌内(写真15)などもその例です。駅舎の外観がそろっていることに気付かれたと思います。いずれも車掌車を改造して作られたものと思います。4つの窓が明かりとりとして働いています。

勇知駅
写真10 勇知駅

下沼駅
写真11 下沼駅

上幌延駅
写真12 上幌延駅

安牛駅
写真13 安牛駅

問寒別駅
写真14 問寒別駅

歌内駅
写真15 歌内駅

旭川への途中、豊富という駅があります。温泉が出ることで有名です。女子鉄として知られている酒井氏の最新刊「来ちゃった」(小学館文庫)にこの温泉が出てきます。『大正14年に石油を採掘していたら、天然ガスと温泉が出てきたというこの温泉。(続)・・・』と書かれています。

豊富を過ぎると沿線の中心駅のひとつである幌延で長い停車をします。駅スタンプを押させていただいていた時に、駅員さんから一枚の紙をいただきました。札幌駅から稚内駅までの中から選んだ10駅の駅スタンプをまとめたものです(写真16)。筆者を駅スタンプのファンと見ていただき、声を掛けていただいたものと思います。今も大切に保管しています。

 

幌延駅でのスタンプ集
写真16 幌延駅でのスタンプ集

 

宗谷本線も名寄を過ぎ、旭川が近づいてきた頃、塩狩という駅に入ります。登り坂で連結器が外れ逆走しはじめた車輛を、たまたま乗り合わせていた鉄道院の方が身を挺して止め脱線を防ぎ乗客を助けられました。駅の近くにその碑が建てられています。三浦綾子氏の「塩狩峠」はこの話に基づくものです。この塩狩を過ぎますと列車は間もなく旭川に入ります。(注:この事故については諸説あります)

 

函館本線で旭川から深川に向かいふたつ目の伊納駅がダルマ駅です (写真17)。 別のある日、筆者はある会合に出席するため旭川に来ていました。予定の時間まで少し間があったため伊納駅を訪れてみようとしましたが接続のいい列車がありませんでした。止む無く駅前のタクシーに乗り込み、「JRの伊納駅までお願いします」と言ったところ、「どこですか、それは」と聞き返されました。

伊納駅
写真17 伊納駅

旭川駅でのタクシー歴16年ということでしたがこの駅はご存じなかったようです。カーナビで駅は見つけられましたが、途中から道が表示されていないようです。取り敢えず行ってみようということになり発車しました。伊納駅近くの道はナビには出ていませんでしたが探しながら目的地に着くことができました。写真を撮っての帰り道、「はじめて来た、こんなところに来るお客さんもはじめてだ」と言われ、運賃を少しサービスしてくださいました。
この伊納駅は駅舎が2棟あります。ダブルのダルマ駅はここだけと聞いています。近くに高等学校があり利用者が多かったためとも聞きましたが、筆者が訪れたときはそのうちのひとつは閉鎖されていました。  (前篇終了)

 

参考書籍
笹田昌宏著:ダルマ駅へ行こう! 小学館文庫
酒井順子著:ほしよりこ画:「来ちゃった」 小学館文庫
三浦綾子著:石狩峠 新潮文庫

 

 

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Always Railways
(1)東京駅小景
(2)紅花の里、仙山線高瀬
(3)御茶ノ水散歩
(4)鉄道本の一大集積地と神保町徘徊
(5)寝台急行「はまなす」に乗る函館小旅行
(6)飫肥を周ってJR最南端の駅で開聞岳を見る旅
(7)夕陽と萬代橋の街、柳都新潟
(8)原鉄道模型博物館と鉄道発祥の地、横浜
(9)留萌本線の日、増毛、そして明日萌
(10)新幹線列車名雑感
(11)ホームから海が見える駅
(12)江ノ電で行く海街散歩
(13)ダルマ駅を訪ねて(前編)

 

2016年10月12日 | Posted in 新着情報, 鉄道コラム Always Railways | | No Comments » 

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