Always Railways (7)夕陽と萬代橋の街、柳都新潟

関屋浜の夕陽
写真1 関屋浜の夕陽

♪ 海は荒海 むこうは佐渡よ 1)
ご存知、「砂山」です。晴れた日には新潟の海岸から佐渡が望めるそうです。ただよく雲が湧き、佐渡がきれいに見えることはそれほど多くはない、というのがタクシーの運転士の言葉でした。日本海に開けた新潟で見ていただきたいものは夕陽と萬代橋です。ぜひ食べていただきたいものはへぎそばと寿司です。お薦めの銘柄を自称呑兵衛の運転士さんからお聞きしましたが、筆者は試し飲みができませんので割愛させていただきます。

関屋浜からの夕陽です。(写真1) 筆者がこれまで見てきた中ではめずらしく波が穏やかな夕方でした。

新潟市内には夕陽を見るポイントがいくつかあります。新潟市の公式観光情報サイトでは朱鷺メッセ31階展望台、入船みなとタワー、日和山展望台、関屋浜、関分記念公園・関屋分水、小針浜、ドライブができる人には日本海夕日ライン、越後七浦シーサイドラインなど多くのポイントが紹介されています。市内には夕陽が見られるという日本海タワーもあります。春から夏にかけては佐渡ヶ島に、秋から冬にかけては日本海の水平線に沈むそうです。晴れた時にはぜひご覧になってください。ただし、悲しい理不尽な事件がありました。ひとりでは行かない、近くに人がいる、安全な場所で見るなど、くれぐれも安全を確保して楽しんでください。

雪の新潟駅前

最近、筆者が新潟を訪れたのは12月と1月でした。高崎までは晴天でしたが長いトンネルを抜けて越後湯沢に入ったときは暴風雪、窓の外は白一色で視界が効きませんでした。浦佐から長岡近くまで激しい雪が続きました。新潟ではかなりおさまっていました。(写真2)

写真2 雪の新潟駅

須坂屋

写真3 須坂屋

午後7時ころに新潟駅について最初に訪れたところはへぎそばを食べさせてくれる店です。(写真3) 駅前通りを5分ほど歩いたところにある店で、土地の方々も良く行かれるところとやはりタクシーの運転手の方に教えてもらいました。そこでいつもいただくのが上天ざるそばです。

そばもたっぷりですが、てんぷらがしっかりついています。ちなみにTV番組「○○ショー」の新潟編で紹介されていました。テーブルにあるしゃきしゃきの刻みネギとわさびをお好みで入れます。満腹したころを見計らって蕎麦湯が出てきます。(写真4)

へぎそば写真4 へぎそば

「へぎそば」という名前はへぎ(片木)と呼ばれる剥ぎ板で作られた器に盛ってだされることに由来するそうです。つなぎに布海苔という海藻を使っています。豪雪地帯である長岡、十日町から小千谷のあたりのそばですが、新潟でも食べられます。お店によって麺の歯ごたえやてんぷらの揚がりも変わります。ご自分の好みを見つけてください。
 

へぎそばのご当地のひとつである長岡は今でも新潟県内の大きな市です。この長岡で今、ある映画を上映しようという試みがなされ、2月にその映画が上映されるとネットに案内されています。

1961年(昭和36年)に封切られた「故郷は緑なりき」というニュー東映のモノクロ作品です。監督村山新治、主演佐久間良子、水木襄、原作は富島健夫作「雪の記憶」です。2) DVD化されていない作品で、多分日本映画史に残ることもないB級映画と思います。

引き揚げてきて旧制中学に通う小島海彦と、女学校に通う志野雪子の、メールもラインもない時代の純愛物語です。『雪の朝であった。(中略) 少女は背をのばして、正面から海彦をみつめている。(中略) 海彦は身動きもできなくなった。列車がいつ動き出したかも感じなかった。目をそらせなかった。少女も目をそらせなかった。』2) ふたりの出会いです。下車する駅までの10分余、ただ見つめ合います。『「乗せて!」少女は低く海彦にうったえた。(中略) 「乗りなさい」少女はうなずくより早く身軽に海彦のいた場所に飛び乗った。海彦は下段を踏んでいる数本の足の間に空間をみつけ、両足をひろげてわりこませた。同時に、学用品の入ったふろしきを腕に通し、両手で両方の手すりを握った。』2) はじめて短い言葉を交わす場面です。こうしてふたりの時計の針が時を刻み始めます。

「雪の記憶」は自身が引揚者である作者の自伝とも言われています。当初、角川に入っていたと記憶しています。今でも春陽文庫などで入手できます。多分、名作紹介や文学史には挙がらない作品と思いますが、もし書店で目にされましたらパラパラ立ち読みしてみてください。

2009年に映画評論家の川本三郎が企画された「鉄道映画紀行」の中の一作としてこの作品が取り上げられ、神保町シネマで上映されました。信越本線、そして長岡駅が撮影に使われ、入線する蒸気機関車や人であふれた客車、そして駅舎やホームが映画の中で大切な役割を果たしていました。先に紹介したのは原作の記述ですが、映画もその場面を再現しています。ふたりがただ見つめ合い、目で語り合ったのは朝の満員の列車の中です。ふたりが初めて短い言葉を交わしたのは、海彦が自身の体は外に押し出されながら手すりにつかまった両手に力を込めてデッキまで溢れる人と雪子を支えた時でした。カーブでデッキから大きく海彦の体を押し出したまま疾走する汽車、風にあおられて飛んでいく帽子、思わず海彦を抱き寄せる雪子、走り続ける汽車、この危険なシーンはどんな風にして撮影されたのでしょうか。長岡駅だけでなく、長岡の市内や信濃川の堤、実際の学校、雪深い田圃道などがロケに使われています。長岡市民の方には「故郷」が舞台になった大切な作品なのだと思います。

「純愛映画の傑作である」と著作3) の中で川本氏が評価をされたこの映画を筆者が見たのは中学生の頃でした。感想文を書かなくてはいけないからと言って親からお金をもらい場末の映画館で大人に混じって見た記憶があります。佐久間良子さんが清楚で美しく、セーラー服の白い線が映画館を出ても眼に残っていました。

ふたりが交わす恋文がでてきます。筆者が高校生の時、友人から頼まれてラブレターを代書したときその一節を使わせていただいたことも今では懐かしい思い出です。(こちらの結果は沈没でした。)

 

新潟の古町(ふるまち)はアーケードや地下街もある繁華街です。夜が早く、8時には多くの店が閉まっています。古くからの書店である萬松堂も夜8時までです。ここで気に入った本を見つけられたらすぐ隣の喫茶店がお薦めです。9時ころまで開いています。階段を上がった2階にある静かな店で、人通りが少なくなったアーケード街を見下ろすこともできます。(写真5)

喫茶店  写真5 喫茶店

里程標  写真6 里程標

この古町のほど近くに本町(ほんちょう)というところがあります。その交差点に地味ですが「すごい」標識があります。国道の里程標です。(写真6) 実はここの交差点は5本の国道の始点であり、同時に3本の国道の終点になっています。高知市の県庁前と並びその数で全国1位と書かれています。4) 写真は里程標に積もった雪を払い写したもので、折から降りしきる雪で手が凍えました。

雪の萬代橋 雪の朝の萬代橋

写真7 雪の萬代橋            写真8 雪の朝の萬代橋

写真9 萬代橋の上

萬代橋の上

新潟のシンボルは萬代橋です。日本一の大河信濃川に架かる306.9mの橋で、現在のものは3代目で昭和4年に架け替えられています。国指定の重要文化財で、御影石が美しい6連アーチの橋です。12月に訪れた時の雪の萬代橋です。(写真7) 別の日の朝に同じ視点から写したのが横の写真です。(写真8) 橋の向こうの高い建物は「新潟日報メディアシップ」で、北前船を模して造られています。會津八一記念館はこの5階です。萬代橋は大きく広い橋で、バスや車が走ります。(写真9) 行かれた時にはこの萬代橋を歩いて渡ってみてください。橋の中ほどには立ち止まって川を眺めることができるところもあります。橋だけでなく信濃川の豊かさも実感できます。

古町、本町と歩き萬代橋を渡りますと万代シティです。バスセンター、百貨店、映画館、ファッションや飲食の店が集まる賑やかなスポットで、大型書店もあります。ここから駅まではバスですぐです。

1) 「砂山」 作詞北原白秋、作曲中山晋平/山田耕筰 新潟市水族館マリンピア日本海の近くに「砂山」の碑があるそうです。
2) 富島健夫著 「雪の記憶」 春陽文庫 (他に勁文社文庫などがあります。)
3) 川本三郎・筒井清忠著 「日本映画 隠れた名作 昭和30年代前後」 中公選書 他
4) 佐藤健太郎著 「ふしぎな国道」 講談社現代新書

 

 

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Always Railways
(1)東京駅小景
(2)紅花の里、仙山線高瀬
(3)御茶ノ水散歩
(4)鉄道本の一大集積地と神保町徘徊
(5)寝台急行「はまなす」に乗る函館小旅行
(6)飫肥を周ってJR最南端の駅で開聞岳を見る旅
(7)夕陽と萬代橋の街、柳都新潟
(8)原鉄道模型博物館と鉄道発祥の地、横浜
(9)留萌本線の日、増毛、そして明日萌
(10)新幹線列車名雑感
(11)ホームから海が見える駅
(12)江ノ電で行く海街散歩
(13)ダルマ駅を訪ねて(前編)

 

2015年06月18日 | Posted in 鉄道コラム Always Railways | | No Comments » 

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